まったり観る

肖像画で見るマリー・アントワネット3~お騒がせ王妃時代(前編)~

【スポンサーリンク】

1774年。ルイ16世の戴冠にともない、マリー・アントワネットはフランス王妃になりました。
ついにブルボン王朝の貴婦人の頂点に立ったアントワネット。立場や環境の変化、そして彼女自身の心にどんな変化が起こるのでしょうか・・・。

19歳。アントワネット、ついに王妃に!

王妃即位後のアントワネット。これらは二つともダゴーティによる作品です。貴族の日常を感じさせる絵画が得意だった彼は、人物だけではなく背景や小道具にも細かい描写が見られます。

(出典:Wikipedia/ Jean-Baptiste André Gautier-Dagoty 1775)

ただし、最初のこの作品は「似ていない」とブーイングだったとか…。

この頃から髪型が変化。髪結い師、レオナールの登場により貴婦人達の髪型はデコラティブなドレスに負けない、装飾的で立体的なものに変わっていきます。
この盛りっとした髪型は「プーフ」と呼ばれるもの。

「プーフ」はヴェルサイユの貴婦人達を虜にしていきます。

ジュリエット
ジュリエット
盛り髪=プーフとレオナールについてはまた今度…。
(出典:Wikipedia France/ Jean-Baptiste André Gautier-Dagoty 1777)

こちらはハープを手にしたアントワネット。
右端にパレットを持った画家、テーブルの上にはふさふさした羽根の・・・プーフ用の髪飾りが置いてあります。

侍女や世話人たちに囲まれたながら肖像画をゆったりと描いてもらう。そんな日常のヒトコマを描いたのでしょう。

アントワネットは音楽大国、ウィーンの出身らしく音楽を好み、ハープの名手であったことも知られています。

スザンヌ
スザンヌ
チェンバロ(スピネット)を弾くアントワネットの肖像画はこちら↓です!
肖像画で見るマリー・アントワネット1~幼少時代、オーストリア~ マリー・アントワネット…と聞いたら、みなさんはどんな顔やドレスを思い浮かべますか?よく知られているものからレアなものまで揃えてみまし...

ファッションリーダー時代到来!アントワネット、「ロココの女王」に

髪結い師、レオナールの登場と時を同じくしてドレスにもカリスマ的なデザイナーが登場します。ローズ・ベルタンです。可愛らしく華やかなベルタンのドレスはアントワネットを魅了し、さらにアントワネットの持ち前の美的センスと融合して一時代を築きます。

貴婦人たちはこぞってアントワネットの着るベルタンのドレスに憧れ、真似し、その人気はフランス国内はおろか近隣のヨーロッパ宮廷にまで及んだと言います。

それまでヴェルサイユで一人ぼっちのような立場に立たされ、窮屈な思いをしていたアントワネット。
自分をセンスで表現できるファッションという居場所を得て、美の殿堂、ヴェルサイユ宮殿にもっともふさわしい貴婦人として輝き出したのです。

さらにこの頃、もう一人、忘れてはいけない人物が現れます。宮廷画家、ヴィジェ・ルブランです。

ふんわりとしたタッチで女性を美しく描く彼女の技法は、ロココの貴婦人の間で絶大な人気を得ます。

これがヴィジェ・ルブランによるアントワネット!
(出典:WikimediaCommons/Marie Antoinette, 1778, by Élisabeth Vigée-Lebrun)
(出典:WikimediaCommons/Marie Antoinette, 1779, by Élisabeth Vigée-Lebrun)

アントワネットはそれまで、あまり肖像画に興味を持っていなかった、という指摘があるものの、ルブランの登場後、肖像画にどんどん夢中になっていきました。

肖像画は、気になるところは上手に“お直し”して描くことがお約束だったこともあり、現代で言うところの「加工」も当時すでに存在していました。ルブランはこの「加工」も絶妙だったと言えるでしょう。

オリヴィア
オリヴィア
確かに、なんだかふわ~っとしてるし顔も以前より可愛くなってる・・!?

うま~く可愛くしてほしい、という女性の気持ちは今も昔も変わらないのですね。

ちなみに2枚の絵を比較してみると・・・。

ルブランの2枚の絵をよく見てみると・・・2つともそっくりなことに気が付きます。

顔の向きと髪型、髪の色が違うので一見違う絵のように見えますが、

・ドレスのデザイン
・バラを持つ手の描写
・右端の赤いテーブルと、クッションに載った王冠、バラの入った花瓶
・右上背景のグリーンのカーテン
・左側の赤い布張りの椅子

・・・これらの描写はほぼ同じです。

オリヴィア
オリヴィア
ほんと!そっくり!上は黄色く明るいトーン、下は水色のクールなトーンで描かれてるね!

違う点は・・・

・1枚目のみ、右上に黄金のルイ16世のトルソー(胸部の彫像)

1778年は12月21日に待望の長女、マリー・テレーズが生まれた年です。
アントワネットにとっても王室にとっても、縁起が良く特別な年だったでしょう。

スザンヌ
スザンヌ
トルソーのルイ16世も輝いてるね!

しかし…。マリー・テレーズの出産を前にした8月25日。
ヴェルサイユを再び訪れたフェルセンは、アントワネットによって宮廷に迎え入れられたのです。

18歳の出会いから実に4年越しの出来事でした。

オリヴィア
オリヴィア
ん?じゃあフェルセンとの関係が動き出した時、アントワネットは身籠った状態だったってこと・・?
スザンヌ
スザンヌ
・・・そうなります。

さらにこの頃。

アントワネットが光り輝き出したのと同時に、黒い影もまた、大きくなっていくのです。

自分に古いしきたりを押し付ける年老いた宮廷人。
自分に温かく接してくれなかった、退屈な宮廷人。

・・・まるでそれまでの自分の殻を打ち破るように、アントワネットは気の合わない宮廷人を遠ざけ、気の合う人たちだけで享楽な時間を過ごすようになります。華やかなベルタンのドレスに身を包んで—。

それは民衆が待ち望んでいた理想の王妃とは程遠いものでした・・・。

もうこの頃、すでに街にはアントワネットを中傷する風刺画が出回っていたのです。浪費家の軽々しい王妃として。
待望の赤ちゃん。最愛の恋人。気の合う人たちだけの楽しい時間・・・

幸せをつかみながら何かがこぼれ落ちていく。
本人も気づかぬまま、運命はより一層の輝きと影を抱えて進んでいくのでした。

ジュリエット
ジュリエット
肖像画で見るマリー・アントワネット4~お騒がせ王妃時代(後編)~に続きます!
肖像画で見るマリー・アントワネット4~お騒がせ王妃時代(後編)~ 王妃となり、またファッションリーダーとして貴婦人たちの憧れの的となったアントワネット。 待望の王太子も授かり、幸せの階段を...
こちらもおすすめ!

COMMENT

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA